「銀河鉄道の夜」「春と修羅」「注文の多い料理店」…数々の詩や童話を生み出した、岩手の文人宮沢賢治。『銀河鉄道の父』はそんな宮沢賢治の父・政次郎をの目を通して描かれた、賢治と家族のストーリーを描いた実話ムービーです。直木賞受賞作『銀河鉄道の父』(門井慶喜・作)の映画化で。
主役の父を、2023年カンヌ映画祭で主演男優賞を受賞した役所広司が演じています。監督は『八日目の蝉』『岬の不思議な物語』の成島出。
岩手出身のmorinokumaが、宮沢賢治と同じ県人ならではの視点でレビューします。
『銀河鉄道の父』実話映画の評価レビュー
家族なくしては生まれなかった文人賢治
映画『銀河鉄道の父』は、父の目線を通した物語です。家族から見た賢治が描かれます。
すべからく、有名人を主役にしたドラマは伝記色が濃くなるものです。しかし、この映画は違います。父目線で賢治を客観的に描き出しています。
今や時代と国境も越えスペシャルな存在となっている「宮沢賢治」。
物語が進むにつれ、賢治は、決して突然変異的に生まれたものではなく、影となりひなたとなり賢治を見守り、言葉を注いだ家族の存在なくしてはあり得なかったことを気付かされます。
また、宮沢賢治は、その作品世界から「素晴らしい高邁な精神の人」として偶像化されている感が否めません。(いや、実際そうだったかもしれません)
しかし、この映画では、そのように偶像化された賢治を描きません。
突拍子もないことを言い始めたり、おいおい、次はそうくるか?というような行動を取ったり。ようは「世間知らずのいいとこの憎めない坊ちゃん」として描かれます。
僕は映画の中の宮沢賢治が、とても人間臭くて、温(ぬく)くて、とってもラブリーで、アホで、もし近くにいたら友達になれたかもな、と、感じることができました。
世の中の有名人、歴史上に名を残した人物、誰をとっても時代と環境、そして家族の愛情があって形作られたものなんだろうな、、、しかし後世になり、本人を知らない人たちが、人物像を脚色し、一人歩きを始めるものかも、、、とも感じました。
『銀河鉄道の父』お気に入りのセリフ
岩手県人にとってはセリフの訛りが心地よい映画でしたが、ぼくの受け取ったセリフで、ダントツ五つ星は妹トシが口にする、「きれいに死ね!」
どきりとしました。壊れていく祖父を抱きしめるシーンです。
そして、この言葉が、続くあちこちのシーンで僕の頭の中にリフレーンしてきました。最後、見終わるまで「きれいに死ね!」が離れませんでした。
ちなみに冒頭カットは汽車の客車シーンで始まります。このカットはクライマックスへの伏線です。ファーストカット、ラストカット、ともに素敵な映画でした。
以下、ネタバレになります(閲覧注意!)
ラストの「どごまでもいくのっす」というセリフ。これも素敵すぎる。人は皆、どこまでもいくのです。いけるのです、という賢治のメッセージが込められているような気がしました。
『銀河鉄道の父』あらすじは?
映画『銀河鉄道の父』のあらすじを簡単の書いておきます。
岩手花巻で質屋を営む宮沢政次郎に子供が生まれる。その赤ん坊は賢治と命名される。
父は愛情を一心に注ぎ、賢治は病弱ながらも、妹・トシや弟・清六の存在たくましく、学ぶ意欲にあふれる若者に育っていく。
旧制中学、旧制高校へと進む賢治。頭でっかちになりがちな賢治をことあるごとに叱り、それでも愛情を注ぐ父。
同時に妹トシが、賢治の心の中では欠かせない存在となってゆく。「日本のアンデルセンになる」との夢を妹と笑顔で話す賢治。
しかし、妹は結核に冒され、死の床に伏す。
己の力の無力さに打ちのめされる賢治。
娘を失った父は、それでも賢治を力強く、言葉少なに見守り続ける。
そして最愛の息子賢治もまた結核の病に倒れる…
こんなストーリーです。
宮沢政次郎、宮沢賢治、宮沢トシ、宮沢清六と登場人物は全て実在です。『銀河鉄道の父』は実際の歴史に即しています。ですのでラストは映画を観てください。
『銀河鉄道の父』のエンディングでぼくは涙が止まりませんでした。
『銀河鉄道の父』感想あれこれ
岩手ロケに拘らないロケ地選定
この手の映画では現地ロケが多いと思いますが、『銀河鉄道の父』では、物語で描きたい印象を最優先、岐阜県恵那市でロケしています。映画はイマジネーションの世界です。明治大正昭和の岩手花巻の空気を、恵那にロケしたそのこだわりが素敵です。
宮沢トシ役の森七菜
妹役の森七菜の演技、よかったです。宮沢賢治の人生においてキーマンとなっていた妹の存在をしっかり演じていました。老いた祖父とのシーンは、そのセリフとともに記憶にのこりました。
カメラの長回しが語ります
気がつくと、「おいおい、え、まだワンカット?」というシーンがいくつかあります。それらが生きていました。長回しって下手するとだらだらんとなっちゃいますが、ここまで回すかワンカット的な撮り方なのですが、決して「長回し」と感じさせない。だから素敵。
ラスト、泣けました
ラストシーンは、ネタバレになるので言えませんが、泣けました。人は大切な人と、転生を繰り返しても一緒にいる、という「転生説」がありますね。ぼくは個人的にその説、アリだなと思っているのですが、だからこそ迫ってくるシーンとなっていました。すみません、はっきり言えずで。ネタバレさせたくない。
役所広司、いいです
主役の役所広司、南部弁の親父を見事に演じています。ヒーローやクセある主役より「普通の人」を演じるの、難しいんではないかと思います。愉快な一面もさらっと出しつつ、最後まで縦横無尽でした。カンヌ映画祭で主演男優賞を受賞した、公開待たれるヴィム・ベンダース監督の『パーフェクトデイズ』が今から楽しみです。(2023年5月記す)
『銀河鉄道の父』ネタバレありのラストのラスト!残念感想…
以下は、『銀河鉄道の父」への個人的な残念感想です。
ドラマは五つ星で感動でした。
しかしぼくは、エンドロールの挿入歌が「ダメ」でした。ラストもラストで興醒め。
歌っているグループは「いきものがかり」です。
「いきものがかり」は決して嫌いじゃありません。
だけど、本映画に関して言えば、その歌声で、映画のドラマの時代=明治大正、昭和、そしてイリュージョンの世界から、「令和のいま、現実」に引き戻されました。一瞬にしてです。
映画は最後まで「描いた空気」で包み込んでほしいです。素晴らしい映画だっただけに、歌声聞いた途端に目が点になり、一瞬間を置いて…悲しくなりました。
それこそ、賢治が当時聞いていた音楽、ドボルザークの新世界『遠き山に陽が落ちて』を静かに聞いて終わりたかったな。(いうだけ勝手ですけどね)
ということで、星四つまでダウン。それほど、冷めちゃった…ということです。
(宮沢賢治は蓄音機で音楽を聴くのも趣味でした。そのコレクションは花巻随一だったようです。その宮沢賢治が聞いていたSP音源を丹念に集めたCDアルバムセレクションがあります。ちなみにジャケットの絵をぼくが描いています、という本当の話^_^)
『銀河鉄道の父』スタッフ キャスト
スタッフ/監督:成島出 脚本:坂口理子 撮影:相馬大輔 音楽:海田省吾 他
キャスト/役所広司、森七菜、坂井真紀、田中泯、豊田裕大 他
『銀河鉄道の父』感想に代えて・2~岩手の地層は文人気質の積層だ
ぼくの生まれた、そして宮沢賢治を育んだ岩手
ラストは、ぼく自身のことをちょっと話します。(なので、興味ない方は飛ばしてね)
ぼくは岩手出身です。
なので、今までも仕事で何度となく宮沢賢治に関わる機会がありました。
今回映画に「協力クレジット」されている宮沢賢治学会イーハトーブセンターの機関紙にも、イラストを寄稿したことがあります。
2年ほど前には宮沢賢治の詩集「春と修羅」を絵で表現、展覧会も開きました。
宮沢賢治標準装備
何を言いたいかと言えば、岩手県人のぼくにとって、宮沢賢治の存在は、スペシャルなものではなく、とても近くにあるものでした。
勝手に身近に感じているのは自分だけか、と思っていたところ、展覧会に来た岩手出身の若い女性がこう言いました。
「私の小学校は種山が原(賢治のお話にも登場します)に近い学校でした。賢治さんは特別な存在ではなく、子供の頃からそばにいてくれたような気がします。なんていうか、岩手の人って『宮沢賢治標準装備』みたいなところあると思うんですよね」
『宮沢賢治標準装備』…なんとも粋な言葉でした。
脈々と流れる文人気質
そうそう、岩手には文人気質が流れていると思います。ぼくの周りにも、プロの物書きー小説家や児童文学者、エッセイストが両手で足りないほどいます。
それ以上に、親戚のおじさんおばさん、じいさんばあさん、話し始めると皆、ストーリーテラー=語り部=なのです。「いつだれがどこで何した」というシンプルな日常会話も、彼らの口にかかると、見事「物語」になってしまいます。
物語気質を備えている、そんな不思議な県民性だとぼくは思っています。(写真は花巻の宮沢賢治記念館から花巻市街をのぞむ)
何が文人気質を生むのか?
では、なんで語り部気質が生まれるのか?ぼくなりに考えてみました。
岩手の風土は、冬は寒く、西は奥羽山脈、東は北上山地に囲まれ、育つものは雑穀が中心、盛岡以北は山も狭まり、どんどん平地が少なくなってゆく、そんな暮らすにハードな土地柄です。
そんなハードな厳しい地で生きぬていくために、人間は少しでも「生きる愉しみ」を見出さなければなりません。ここでカナメになる資質、それは「想像力」です。
岩手県人の持つ、ストーリーテラー資質は、「ハードな生活環境」から生まれてきているのではなかろうか?そんなふうに思っています。
『銀河鉄道の父』でも、「貧しい農民を救うため」という、金貸し(質屋)を営む父のセリフが登場します。それは一般の暮らしの貧しさそこかしこにあることを暗喩しています。
賢治はいわば金銭的にはそこそこ恵まれた環境に育ったのですが、身近にある貧困や農地の厳しさを目の当たりにしていました。
その現実が文人賢治を形作っていく様子が、映画ではしっかり描かれていました。
賢治は、金貸し質屋を商いとする父に反発しますが、それは、決して映画の核ではありません。映画の核となるのは、どんな立派な、名をなした人でも、その人は父母兄弟なくしては存在し得ない、という、普遍的なテーマです。
『銀河鉄道の父』「雨ニモマケズ」
この詩を青空文庫から転載することで、締めくくります。劇中使われる『雨ニモマケズ』は圧巻でした。「ありがとがんした」
〔雨ニモマケズ〕
宮澤賢治
雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
丈夫ナカラダヲモチ
慾ハナク
決シテ瞋ラズ
イツモシヅカニワラッテヰル
一日ニ玄米四合ト
味噌ト少シノ野菜ヲタベ
アラユルコトヲ
ジブンヲカンジョウニ入レズニ
ヨクミキキシワカリ
ソシテワスレズ
野原ノ松ノ林ノ陰ノ
小サナ萓ブキノ小屋ニヰテ
東ニ病気ノコドモアレバ
行ッテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母アレバ
行ッテソノ稲ノ朿ヲ[#「朿ヲ」はママ]負ヒ
南ニ死ニサウナ人アレバ
行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ
北ニケンクヮヤソショウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイヒ
ヒドリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ
ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイフモノニ
ワタシハナリタイ
底本:「【新】校本宮澤賢治全集 第十三巻(上)覚書・手帳 本文篇」筑摩書房
1997(平成9)年7月30日初版第1刷発行
(青空文庫より転載)
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