映画『舟を編む』は、辞書編集部を舞台にした出版業界のニッチ裏舞台ものです。
松田龍平演じる、編集部員主人公のキャラの立ち方がハンパありません。
観終わって、一冊の辞書がこれだけアナログな人力での作業だとは知りませんでした。
「右を言葉で説明してください」って言われたらどう答えますか?
公開から10年経って、言葉の使われ方もガラッと変わってしまっているいま、そんな「言葉」を大事にしたくなる映画『舟を編む』を読み解いてみます。
本屋大賞を受賞している三浦しをん原作小説の映画化です。
『舟を編む』予告編
『舟を編む』スタッフ・キャスト
監督:石井裕也/脚本:渡辺謙作/撮影:藤沢順一/美術:原田満生/音楽:渡邊崇
キャスト:馬締 光也…松田龍平/林 香具矢…宮﨑あおい/荒木 公平…小林薫/西岡 正志…オダギリジョー/佐々木 薫…伊佐山ひろ子/タケ…渡辺美佐子/岸辺 みどり…黒木華/松本朋佑…加藤剛 他
『舟を編む』あらすじは?
出版社玄武書房の辞書編集部が舞台だ。
編集部では、新刊事典『大渡海』の刊行計画が発表される。
しかし生え抜きの辞書編集者・荒木(小林薫)が定年となり、退職することに。
辞書監修役の松本(加藤剛)は引き留めようとするが、「妻の介護するため」と荒木は留任を断る。
急遽、辞書編集部の若手社員西岡(オダギリジョー)が荒木の後釜にと見つけてきた男が、営業部の馬締(松田龍平)だ。
馬締は生真面目な性格でボキャブラリーは抜群。しかしコミュニケーション能力が最弱だ。
それでも言葉に対する独特なセンスを買われ、『大渡海(だいとかい)』編集部に異動となる。
『大渡海』編集を貫く柱は「今を生きる辞書」を目指すため、新語も次々採用する。
辞書で扱うは、24万語という想像すらできない言葉の数。
まさに言葉の海だ。
編集は10年を軽く越える難事業だ。
そんな辞書編集の現実に、馬締はしかし水を得た魚だ。
馬締は言葉への強い感性と地道な作業を通し、辞書編纂に才能を発揮してゆく。
馬締の下宿先に、大家のタケの姪・香具矢がやってくる。一目惚れしてしまう馬締。
「恋」という言葉を自分の言葉で説明する馬締。
西岡に焚き付けられ、ついに馬締は手紙で香具矢に告白をする。
まわりくどい文面、古風な手紙にイラつく香具矢だが、心は通じ合い二人は結婚する。
辞書編集の地道な作業はあっという間に10年という歳月を繰り越してゆく。
監修役の松本の顔色が悪い。体調がすぐれない。
検査の結果は、癌。
そんなさなか、事典『大渡海』の出版刊行日が決定する。
松本の容体は決して良くはない。命があるうちに『大渡海』を世に送り出したい。
必死に言葉の校正を重ねる馬締。
アルバイトを動員して人海戦術で校正に挑む編集部だが、納期を破りかねない突発事態が発生する。
はたして、『大渡海』は完成の日の目を見るのか?
…といったあらすじです。
『舟を編む』結末・ラストまで〜ネタバレ閲覧注意
最終校正を迎えた編纂作業の最中、見出しを見落としているという大トラブルが発生。
バイト総動員の徹夜の連続で、危機は乗り切ることができる。
表紙デザイン、広告戦略と出版社は動き出す。
しかし、監修の松本の命は完成を目前に絶えてしまう。
『大渡海』出版パーティの席上、遺影の松本が皆を見守る。
ラスト、松本の家に挨拶する馬締と香具矢。
家を辞しタクシーで帰る道すがら、海の前で車を止める馬締。
新たなはじまりを予感させ、映画は終わります。
『舟を編む』感想レビュー
内幕モノの魅力が光ってます
内幕モノって、つい興味を惹かれます。出版社の編集部なら、なんとなくは想像できます。
しかし「辞書編集部」の仕事となると、はて?どうやって言葉を調べてるの?と、想像すらできません。
そんな「モノヅクリの舞台裏」を明かしつつ、若者の恋愛模様と主人公の成長を掛け合わせがよかったです。
カメラの陰影がステキ
うずたかく積み上げられた辞書が放つ紙の匂いが立ちのぼってくるような空気感を、カメラが、照明が捉えています。
紙の匂いって、独特ですよね。
まるでその匂いに包まれているような錯覚に陥ってしまうほどでした。それって、撮影と美術の力技でしょう。
気持ちの良い2時間をもらえました。
馬締の暮らす下宿屋は実際あるの?〜ロケ地情報
美術の良さに触れましたが、劇中、馬締の暮らす下宿屋「早雲荘」の古びた懐かし感もよかったです。
てっきり古い昭和初期建築を探してロケしたのかな…と思って調べたら、なんと下宿屋「早雲荘」は、セット撮影!
どうみても、何度見ても、実際ある古い建物の部屋にしか見えない!
美術スタッフの仕事の確かさに感じ入りました。
辞書編集室が置かれていた古いビルは、今も実際にあるようです。
以下にその情報が載ったロケ地サイト「ロケ地ピルグリム」さんのサイトを貼っておきます。
『舟を編む』巡礼ができますよ。
「書かれた言葉」の放つ奥行き・広さを感じさせた演出
ぼくは映画をみていて、「映像」と「書かれた言葉」って相性が良いのか悪いのかわからなくなる時があります。
映画って、もちろん「言葉」なしでは成り立たないですよね。
でも「書かれた言葉」となると、別。映画は「書き言葉」に頼ることはほぼしません。
例えば手紙がストーリーの重要なモチーフになったとしても、一瞬だけ手紙を写して、あとはドラマやナレーションに置き換わります。
ところが『舟を編む』は、その「書かれたワード」がそれ単体で重要な語り部になっています。
主人公たちが、まちなかで気になった言葉を、専用の「用例採集メモ用紙」(だったかな?)に書くのですが、その「手書きされた用例採集メモ用紙」が重要な役割を担っています。
『舟を編む』は、辞書編纂を進める物語ですので、全編通して用例採集用紙が氾濫します。だけど嫌味が全くない。
ともすればうざったくなってしまいそうなほどのボリュームで迫ってきますが、うざくない。
不思議なほど「鉛筆で書かれた手書きの言葉」と「映像」が仲良く織り合っています。
小道具である「用例メモ用紙」が、役者と同等に演出されていました。さらには数箇所だけ挟まれる「文字だけのテロップ」も小粋に使われています。
ぼくは、これほど手書き文字と映像がマッチし、物語に広がりを生み出した映画は今まで見たことがありません。
いくつかのシーンで思わず拍手を送っていました。
(「ワード」が映像で効果的に使われていた映画がなかったかなあ、、、と記憶をたどったら一本ありました。歌詞テキストが独特の映像表現として使われていた『カセットテープダイアリーズ』です。レビュー記事を書いてます。こちらです)
キャラを立てまくったキャスト陣
登場人物のキャラクター=性格がうまーい具合にドラマで絡みあい、ぐんぐん話を前に進め、あっという間にクライマックスでした。
人物それぞれの「キャラ立ってた」からでしょう
チャラいオダギリジョーはじめ、落ち着いた中にも熱意を感じさせる加藤剛。
真面目さが馬締のそれとは異なる役回りの小林薫や、女性誌編集部から辞書編集部に移動となり不満げな黒木華。
そんな面々の間を取り持つ役柄の伊佐山ひろ子。皆、素晴らしかったです。
逆に、主役松田龍平演じる馬締役は「コミュ障っぽい性格設定」だからなのか、ぼくは最もキャラの立ち方が弱かったように感じてしまいました。
といっちゃいましたが、決して松田龍平が演技が下手ということではなく、監督の求めた役柄がそうだったのでしょう。
松田龍平演じる馬締の言葉の少なさ、間合いの取りすぎ感は、観客によって好みが分かれるところだと思います。
ほぼカメオ出演:又吉直樹
出版広報の舞台裏も所々で出てきます。ポスターが出来上がったり、事典の装丁デザインが上がってきたり。モノヅクリを仕事にしているせいか、ぼくはついニヤニヤしながらそんな本ができ上がってゆく過程を観ていました。
事典の装丁デザイン色校正が広げられるシーンがありますが、そのシーンに登場するのが又吉直樹。多分ブックデザイナーの役回りでしょう。
着ている服、伸びた髪は、「確かにいるいる、こんなデザイナーさん」と嫌味なくハマっていました。
下宿屋タケばあさんのセリフが最強!
馬締が住んでいる下宿屋のタケ(渡辺美佐子)のセリフが超絶に見事です。
馬締とばあさんが食卓囲って話すシーンの対話があるのですが、もしかするとこの映画の中で、ぼくは一番のお気に入りシーンかもしれません。
「オレ、ダメなヤツなんですよね」的セリフを吐く馬締に、ばあさんがどう答えるか???
ぼくはそのセリフを聞いて、「自分も老いたら、タケばあさんみたいなセリフを吐けるジジイになりたい」ってホント思いました。もし観てみたいと思ったら、そのシーン、お楽しみに。
悪いところが見当たらない優等生映画?けど、ちょっと長い感あり
ストーリーは二つの時代に分けられて描かれ、ダブルストーリーとなっています。
思い返すと「つまんないな」と思うところはほぼ思い浮かばない、優等生のような映画なのですが、正直「後半の時代が間延びしたかな」と思いました。あくびが出たほどではないけれど。
多分、先にも書いた「松田龍平演じる馬締の言葉の少なさ、間合いの取りすぎ感」が原因なのでは?と思います。
ネタバレになりますがクライマックスで編集に大きなトラブルが発生しますが、そこでもやはり、馬締の言葉の少なさ、間合いの長さが、冷や汗クライマックスシーンの足を引っ張ってしまっているように思えました。
あ、あくまでぼくの感じ方です。
『舟を編む』で思い出した「辞書とぼくのとある体験」
『舟を編む』の映画の中で辞書の「用例」がキーワードの一つとなっています。ぼくはこの映画を見ながら、ある自分自身の体験を思い出していました。
実はぼくは画家ですが、ある外国製のペイントアプリ=お絵描きアプリの日本版翻訳に携わったことがあります。
ウィンドウをプルダウンすると「編集」とか「保存」、「色調調整」「彩度」といった日本語が出てきますよね。あれ、いちいち誰かが英語から翻訳しています。
その翻訳仕事をしていてもっとも使えなかったのが、ネット翻訳アプリです。用例が少なすぎるのです。推測が効かない。
逆に一番頼りになったのは、昔に使っていた分厚い重い英和辞典でした。豊富な「用例」が翻訳の助けになったのです。用例って人間の推測力・想像力を加速させてくれるものなんですね。
用例からの推測が効いて、ぼくはその仕事を納めることができました。
『舟を編む』のオープニングで「右を言葉で説明せよ」というくだりが表現しているのは、辞書編纂者の「用例」へのあくなきこだわりでもあります。
映画では用例にからむシーンがいくつも出てきますが、その度にぼくは、家でいまだに使っている古い英和辞典が愛おしくなりました。
『舟を編む』評価は四つ星
まとめ
極めて静かな映画ですから。見る人によってダメな方もいるはずです。
ウェブの口コミをみても「つまらない」っていう意見がありますし。
この手の空気で見せるタイプの映画は、アンチ意見があって当然でしょう。だって、空気が合う合わないって、観客自身がまとっている空気との化学反応ですから。
意外にもぼくの場合、心に響く映画って、反対意見の口コミが結構、ある。
映画ってたぶんそんなもんです。
ぼくの『舟を編む』評価は、五つ星中・四つ星 でした
記憶に残ったメッセージ
劇中、編集者たちを前に監修者松本が、大手出版が出している歴史ある2冊の辞書を引き合いに出し、皆にこう伝えます。
「どちらの辞書にも乗っていない言葉を選ぶことで、辞書の個性は決まる。」
このセリフを聞いた時、ぼくはこう聞こえました。
「だれも見向きもしないことを選ぶことで、人の個性は決まる。」
このセリフがぼくにとって忘れられないメッセージです。
むすび
「人の生き方も辞書編集と同じです」
「言葉を大切にしたくなりました」
『舟を編む』配信先は?
以下サービスで見放題配信・レンタルできます。
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