『夜明けのすべて』あらすじネタバレ・感想考察・評価まで〜星四つ半!静けさとあやうさ絶妙な佳作

ヒューマン・ハートフル
  1. こんにちは、映画好き絵描きのタクです。ここのところ個展続きでレビューがとどこおりぎみでした。反省。

今回取り上げる映画は『夜明けのすべて』。2024年公開の日本映画です。

「月経前症候群=略称PMS」。これは女性が生理前にイライラが抑えられなくなる症状です。

主人公の藤沢は、20代の女性。PMSを持っているため会社でもトラブル連発。

彼女は、いくつかの仕事を経て就職した小さな会社・栗田科学で、パニック症候群を持つ男性・山添と出会います。

自分ではコントロールできない心の負荷を負った2人が向き合うヒヤヒヤする日常と、2人の静かな心の交流、そして、それを見守る人々のドラマです。

監督は「ケイコ目をすませて」の三宅唱。

主人公を上白石萌音と松村北斗。脇役を栗田科学の社長に光石研。その他、りょう、渋川清彦、芋生悠、藤間爽子らが演じています。

そんな『夜明けのすべて』をレビューしてみます。

『夜明けのすべて』予告編

『夜明けのすべて』あらすじ・ネタバレあり

主人公の藤沢は、20代の女性。PMSを持っているため会社でもトラブル連発。

彼女はいくつかの仕事を経て行き着いた小さな会社・栗田科学で、パニック症候群を持つ男性山添と出会う。

ある日、山添の小さな仕草が引き金になり、藤沢は感情を爆発させる。

しかし、山添もパニック障害だった。

生きる気力も目指す夢も失っていた山添。

藤沢は、そんな彼に理解を示しはじめる。

2人はプラネタリウムのシナリオを作る仕事を共にする中で、互いに支え合うようになっていく。

そして、藤沢は母の介護のため栗田科学を辞めることを選ぶ。

逆に山添は残ることを決める。

2人はそして、移動プラネタリウムの仕事を完成させ、星座見学会を開催する。

藤沢は場内解説で『夜と夜明け』について語りはじめる。

それは全ての人に向けてのメッセージだった。

夜があるから広がりを想像できる。

喜びに満ちた日も悲しみに満ちた日も、必ず終わりがやってくる。

新しい夜明けがやってくる。

それから1ヶ月後。

藤沢が退職。

栗田科学の社屋に変わらず仕事をする山添の姿があった。

『夜明けのすべて』感想ふまえつつの考察レビュー

面白い?面白くない?

『夜明けのすべて』が面白いか面白くないか?

映画ってあくまでも主観で見るものですから、嗜好で変わってくるエンターテイメントです。

ドンパチアクション系一本槍の方なら『夜明けのすべて』は「つまらない」となるかもしれません。

でも、ドラマにはしっかり起伏があります。それも結構スリリングな…。

なので、眠くなることはない…んじゃないかな〜、と、ぼくは思います。

ちなみにぼくは、ドンパチアクション系も好きなクチです。それでも、『夜明けのすべて』のもつ、夜明け前の静けさみたいなトーンがとても好きでした。ぼくはとても面白かったです。

主演の上白石萌音と、彼女に絡む同僚たちの演技は強力ですよ。

何がドラマを引っ張っているのか?

「面白かった!」と書きましたが、では、何が面白さを引っ張っていたのか?

それは主人公藤沢と山添の持つ、心の負荷です。

藤沢はPMSという、生理前に自分をコントロールできなくなる病気をもっています。

山添が抱えているのはパニック症候群です。

ぼく自身、パニック症候群はうっすら知ってはいましたが、PMSになると初めて知った病です。周りにもいるのかどうかもわかりません。

ドラマで上白石萌音が演じるその症状にこっちが現場にいるようなハラハラ感がありました。

でも、PMSが発症時はかなりシンドイ病気だ、ってことが映画冒頭で印象づけられます。

藤沢演じる上白石萌音の「自分を押さえたくとも押さえられなくなってしまう様子」を畳み掛けることで、スッと映画に観客を引き込むのは、脚本と演技の絶妙な噛み合いがあるからだと思いました。

「PMS、意外と近くにもいるのかも」と思わせてしまうんですから(少なくとも、ぼくはそう思った)、冒頭5分のキャッチがうまいです。

ドラマ前半を引っ張るのは、そんなふうに主人公たちの病の発症と見守る周囲の人々の間の距離感です。

そして後半は藤沢と山添の互いに気遣う関係がドラマを牽引します。

このように前半と後半で違った緊張感がうみ出されていることが、『夜明けのすべて』をラストまで中だるみせずに走らせている、と、感じました。

上白石萌音の立ち居振る舞いがすごい

しかし、上白石萌音という女優さんは、すごい。

立っているだけで、心の深縁をにじみ出す役者さんだと思いました。

超ロングの歩くシルエットだけでも、観ているこちらが彼女の心がどんな状況にあるのかを無意識のうちに想像しているんですから、ほんと、すごい。

それはたぶん監督の演技のつけ方でもあるんだろうけど、彼女の歩き方、立ち居振る舞いは、病を抱えたものの「間合い」を感じさせるのです。

また、PMSを抱える藤沢が出会ってしまうのが、パニック症候群を持つ山添です。山添演じる松村北斗もまたオーバーな演技ナシに、うまく絡んでいました

あたりまえの日常なんて蜃気楼みたいなもんだ

三宅監督って、『ケイコ目を澄ませて』を観た時も思ったんですが、「当事者の当たり前の日々」を描くのが好きな監督なんですね。

ぼくは三宅監督の撮った映画は、この作品が3本目ですけど、シミジミそう思いました。

あ、あたりまえって書くと誤解されるかもしれない。

観てる僕らにとっては藤沢と山添の生きている日々はスリリングな日々に見てしまうけど、当事者の彼らにとっては、それはそれで大変ではあるけど、日常なんですよね。

PMSのもたらす生理前の極度な発症や、パニック症候群の精神状態って、それは本人たちにとっては「イヤなコト」ではあるけれど、決して僕らが映画の中の虚構世界と割り切れる非日常ではありません。

ぼくらの生きてる世界でもイヤなコトはなんぼでも降りかかってくる。

振り返って映画の2人はどうなのか?と見ると、そんなイヤなコトに、自分なりに折り合いをつけないと生きていけない。

それどころか、後半では互いに互いをカバーし始めます。

このカバーし合う関係性が、映画を素晴らしいものにしています。

そして同時にタイトルの『夜明けのすべて』の意味へのヒントがそこに隠されていると感じました。

人の添え木になる意味

「互いに互いをカバーする」と書きました。が、もっとしっくりくる言葉がないか、と、探してみました。

で、ぼくなりに見つけた言葉がこれ。

「人の折れた部分の添え木になる」

です。

『夜明けのすべて』のクライマックスでは、移動プラネタリウムで山添が書いた原稿を藤沢が読むシーンとなります。

この時、真っ暗なプラネタリウム内に集まった人々が映し出されますが、ぼくには彼らもまた「普通に見えてもどこかが折れている人々」に思えてなりませんでした。

だから、真っ暗な星空に響く山添×藤沢の言葉は、そんな皆皆の「折れた部分の添え木」に聞こえたのです。

それは、PMSとパニック症候群という、いわば、目指す星を失い、心の闇夜に迷う2人だからこそ、大勢の人々の心の添え木となり得たんだとぼくは感じています。

別れ

あたりまえの日々を描くことは、ラストまで徹底しています。

主人公藤沢は、母親の介護のため、しごくあっさりと会社を辞めます。

ということは、ある意味戦友のようになっていた山添とも別れることになる。

ここ、2人が別の道を歩み始めるところが、まったくベタベタしていない。

べつの言い方をするならば、ドラマチックに無理矢理作り上げていない。

だからじわじわと観劇後も迫ってくる。

エンドロール直前シーンなんて、あたりまえのような平々凡々とした日常シーンで終わります。

でもね、あくびが出るような平々凡々ではないんですね。

そんなエンディングにも、脚本家と監督の強い熱量を感じました。

『夜明けのすべて』の描いていたのは「日は暮れる。それでも朝はくる」という普遍的なことだったように思っています。

『夜明けのすべて』ぼくの評価は?

『夜明けのすべて』、ぼくは何度も見たくなり、配信でも繰り返して観ました。

静けさとあやうさが絶妙な、いい映画でした。ぼくの評価は星4つ半です。

『夜明けのすべて』配信先は?

Net flixで配信中です。

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