『コンパートメントNo.6』ネタバレ考察〜あらすじからペトログリフ解説まで|二人の旅人が織り成す北の果てへのロードムービー

ヒューマン・ハートフル

こんにちは、映画好き絵描きのタクです。今回レビューする映画は、『コンパートメントNo.6』。寝台列車が舞台のトレインロードムービーです。ロードムービー、、、と書きましたが、どこにでもあるような男女の出会いとすれ違いを描き出す恋愛映画でもあります。ですが、とても「新しい」くて「古い」のです。

モスクワからムルマンスクまで、主人公の女性が鉄路を旅する目的は、最果てムルマンスクにあるという「ペトログリフ=岩絵」を見ること。もちろんその道中にはいくつものドラマが展開します。それも男女の。

時代がいつなのか?それさえ明かさずに始まり、そして明かさずに終わる物語です。携帯もスマホも出てきません。(解説を読むと1990年代設定とのこと)すなわち、『いつかどこかにあった物語』という作品に仕上げている『コンパートメントNo.6』です。

では、どんな旅の出会いが待っているのか、映画『コンパートメントNo.6』寝台車6号室をのぞいてみましょう。



『コンパートメントNo.6』予告編

 

『コンパートメントNo.6』かんたん解説

モスクワから最北の駅ムルマンスクまでの寝台車で出会った2人の男女。インテリ女性と粗野な炭鉱労働者のタイプの違う2人が織りなす列車版ロードムービー。

カンヌ映画祭コンペ部門でグランプリ。ほか各国映画祭で17冠。監督ユホ・クオスマネンは本作が2作目。

監督:ユホ・クオスマネン 原作:ロサ・リクソム

キャスト:セイデイ・ハーラ(ラウラ) ユーリー・ボリソフ(リョーハ) ディナーラ・ドルカーロワ(イリーナ) 他



 

『コンパートメントNo.6』あらすじ

主人公のインテリ女性ラウラはモスクワの大学で考古学を学んでいる学生、フィンランド人だ。

彼女は、恋人のドタキャンで、ロシア最北の街ムルマンスクにあるというペトログリフ(岩絵=太古の人々が岩に刻んだ絵)を訪ねる旅に、一人、出ることになる。

乗り込んだモスクワ発ムルマンスク行きの寝台車のコンパートメントに同乗してきたのは、ロシア人のリョーハ。炭鉱労働者の彼は、インテリのラウラとは水と油だった。

全くラウラに遠慮しないリョーハは、酒を飲み、酔っ払い、ラウラに話しかける。

ラウラは「リョーハ無視」の姿勢を決め込むがリョーハは解しない。

持ち前の図太さでラウラにこう問いかける。

「フィンランド語で「愛してる」って、なんと言うんだ?」

そんなちょっかいにラウラは「ハイスタ ヴィットウ」だと返す。

「ハイスタ ヴィットウ」とは「くたばれ」という意味だ。

ラウラはリョーハにほとほと呆れ、車掌にコンパートメントを移してくれ、と、頼み込む始末。しかし寝台列車は満席。車掌はけんもほろろだ。

寝台列車は、そんな2人をのせ、サンクトペテルブルクを過ぎ、北へとひた走る。

途中、列車はペトロザボーツクに予定外の停車をする。一日は動かないという。

困り果て心細いラウラにリョーハは「知り合いの女性が住んでいる。その家に行こう」と誘う。

どこからかクルマを手配してくるリョーハ。いぶかるラウラだが、リョーハにとってそんなことは朝飯前なのだ。

女性は暖かくラウラを受け入れる。どうやら女性はリョーハの母のようだ。

翌日、ラウラとリョーハは再び車中の人となる。

途中、乗り込んでバックパッカーにビデオカメラを盗まれたことをきっかけに、ラウラとリョーハは心を開くが、それでもやはり二人はすれ違う。どうして良いのかわからないリョーハにキスをするラウラ。戸惑い、コンパートメントから消えるリョーハ。

列車がムルマンスクについた。しかしリョーハの姿はない。。。

ムルマンスクでのラウラの目的はペトログラフを見に行くことだ。ラウラはホテルでペトログラフへの行き方を訪ねるが、冬季は現地に行く手がないことを知る。

ラウラはペトログリフへのたびのキッカケをくれた恋人(彼女)に電話をかけるが、間合いが、遠い。終わりが、近い。

ラウラは、リョーハに一抹の希望をたくし、炭鉱事務所に手紙を書き預けるラウラ。

或る夜、ホテルフロントに現れるリョーハ。「部屋まできてよ。上着をとってくるから」と、笑顔のラウラ。

リョーハはクルマを手配していた。辿り着くのが困難なペトログリフのある海辺を2人は目指すが…。



『コンパートメントNo.6』あらすじラストまで/閲覧注意

ここからはクライマックス結末までのネタバレとなります。映画を見る方は閲覧禁止です。

リョーハは持ち前の交渉力と図太さでペトログラフの地までの船を手配する。

目的の地にたどり着くラウラ。考古学には興味も関心もないリョーハだか、しかし、彼は傍でラウラを見守る。

現地を歩きまわり、「帰ろう」と告げるラウラ。「もういいのか?」と聞き返すリョーハ。

納得した表情のラウラと共に、吹雪の中を歩く2人は子供のようにじゃれ合う。空を見上げる雪まみれの2人。

きた道を引き返す2人を載せたクルマが炭鉱でとまり、リョーハは降り、工場の中へと振り向くこともせず消えてゆく。

クルマに残されたラウラはドライバーから「リョーハから預かった」と手紙を渡される。

そこに書かれていたのは、寝台列車の食堂車で書いたリョーハが稚拙に描いたラウラの似顔絵。そして手書きで、「ハイスタ ヴィットウ」の文字。

ラウラの顔にはほのかな笑みが浮かんだ。

エンドクレジット。



『コンパートメントNo.6』感想

時代がいつなのか?それさえ明かさずに始まる物語です。携帯もスマホも出てきませんし、寝台車の雰囲気、シーンの中で出てくるクルマを見たかんじでぼくは、「ベルリンの壁崩壊後あたり…1992年前後かな、」と思っていましたが、解説を読むと1990年代設定とのこと。ビンゴでした。

そしてやはり物語は時代をはっきりせずに終わります。

すなわち、『いつかどこかにあった物語』という作品に仕上げているところが、敢えて、の、『コンパートメントNo.6』なのです。

その古臭い空気感も、当然ながら、敢えて、です。今、そんな古臭い空気を全編にわたって醸し出すなんて、すごいと思います。

ぼくはちょうど1990年代に東欧を寝台列車で旅したことがあったので、映画の列車車内の今の清潔なそれとは違う空気感に、とても懐かしい匂いを感じました。

最初に言ってしまいます。

最悪から始まる最高のトレインロードムービー…これがぼくの感想です。

前半描かれるのは、傷心といってもいい主人公ラウラと、寝台コンパートメントに偶然同室になった粗野なリョーハの、異質なもの同士のぶつかり合いとすれ違い、そして切なくも誰もが味わったであろう男女のすれ違いの機微です。

不器用だけど素直な二人をどこまでも「ヨシヨシ」したくなってしまう、そんなラブストーリーでもありました。



『コンパートメントNo.6』考察

前半の異質なものの見事なぶつかり合い

この2人のやりとりは、視点を変えるなら異文化のぶつかり合いです。

勝手にコンパートメント内のテーブルで酒を飲み始め、ラウラにあれこれ話しかけるリョーハ。

一方で、大学という知的な環境でやってきたラウラは「まいったな…こんなヤツと同室なんてたまったもんじゃないわ…」というオーラをバリバリ出して、相手にしません。

相手にしないラウラと、そんなことカンケーなく話しかけるリョーハの関係は、ぼくらの周りを見渡すと、あっちこっちに転がっているめんどくさい人間関係を見ているようでもありました。

ここの2人のかけあい演技は見ものです。何度か見直しましたが、ラウラ役、リョーハ役の二人とも、ほんと素敵な俳優さんだと思います。

リョーハの酔っ払ってフィンランド語とロシア語の違いの弁舌振るうシーンなんて、観るたびに舌を巻きます。

もちろん酔っ払いリョーハの弁舌受けるラウラの「もう!こんなヤツと同室なんて、たまったもんじゃないわ!」と、声には出しませんがその演技がグイグイ引っ張ります。

しかし、映画の後半、寝台列車の旅が終わった後に、そんな二人はいくつかの偶然が重なり、心を通わせ始めます。



この展開がすごい!〜善人に見えた旅人

その一つのエピソードが途中、あらわれる1人のバックパッカーとのシーンです。

バックパッカーの彼は、どこから見ても人の良い旅人です。ラウラは、切符を間違ってとってしまったという同郷の彼を、「よかったら同じ部屋にどうぞ」と善意から誘います。

しかし同室のリョーハは、鋭い。旅人を信用していません。

「いい革鞄だね」という旅人の一言に、怪訝そうな目線を向け、鞄を引き寄せるカットがあります。

ドラマに「何かが起こるぞ」と、その小さな演技が示します。

そしてやはり旅人はラウラの大切にしているビデオカメラを盗んでいきます。

「モスクワの思い出の全てが入っていたビデオカメラだ…」と肩を落とすラウラ。

リョーハは静かにこう言います。

「みんな死ねばいい」

そのあとのシーンが素晴らしすぎます。

このカットがすごい!=遠く離れる光の羅列

列車最後尾からの目線カメラが、遠くに離れてゆく街の灯りと線路脇のライトをゆっくりと長く捉えます。

このシーンを境に、ドラマは新たな幕に入ります。

その「遠くに光の羅列が去っていくシーン」に、ぼくは宮沢賢治の短編「銀河鉄道の夜」を何故か思い出していました。

ご存知の通り、賢治の「銀河鉄道の夜」は生と死をテーマにしています。

監督が賢治作品を読んでいる確証はありません。

しかし、監督はこのシーンを「過去との訣別、ここで過去は死んだ」という死の映像化、逆にいうならば「再生のはじまり」の暗喩として差し込んだように、ぼくには思えてなりません。

話を戻します。

遠くにゆっくり消えゆく過去の如き光の羅列。そのシーンから、二人にとって、寝台列車の旅が新たな世界への切り替わりとなり、また、新しい旅のはじまりになっていく。

この転換部の脚本、ほんと素晴らしいとぼくは感じました。

稚拙ですが、「光の羅列」シーンがどんな絵だったかを描いてみました。絵にするならこんなシーンです↓。(映像を見て描いたわけではありません。記憶に残っている、シーンイメージです)

コンパートメントN0.6



ステキなメッセージ〜「誰も、誰かの部分品ではない」

「わたしは愛する人の部分になりたかった」

このセリフは、その光の羅列が闇に消えゆくカットの直後に語られる、ラウラがリョーハに過去を告白中で放たれるセリフです。

ぼくは、「光の羅列が遠くへ消えゆく」シーンは、「過去との訣別、過去の強制的な死でありリセットだ」と捉えています。

そう捉えると、光の羅列シーンの後のラウラの告白は、すなわち人は誰もが「過去を葬り去る」ことが大切なのだ、というこの映画が放つ大きなメッセージの代弁と捉えることができるのです。



ペトログリフ(岩絵)とリョーハの描く絵の繋がり

ラウラの告白を聞いたリョーハは、唐突に言います。

「もうすぐムルマンスク到着だ!祝おう」

ここからのラウラの表情の変わり方は前半のラウラとは別人です。満面の笑みで食堂車に向かいますが、まさにその笑顔は過去を捨て去った彼女を印象づけるものです。

そして食堂車で乾杯する2人。音頭を取るのはリョーハですが、「あの絵、なんだっけ?そうだ、ペトログリフ!ペトログリフに乾杯!」とグラスをかわします。

この乾杯でペトログリフを取り上げたことがこの後の展開で、脚本のスゴさを見せつけますよ。

乾杯のあと、ラウラがノートを取り出し、ページをくくり一枚引き裂いてリョーハに渡します。その一枚に何が書かれているかというと、リョーハの寝顔のスケッチなのです。

その直後にラウラはリョーハに「私のことを描いて」と、ノートと鉛筆を渡します。

ちなみに「ペトログリフ」とは、古代の人が岩に彫った表現です。

ここでラウラとリョーハがそれぞれ互いのことを描くという行為は、間違いなく、「記憶を、体験を永遠に残したい」というペトログリフを彫った(=描いた)人間の心模様と時を越えてリンクさせる行為でしょう。

「ペトログラフに乾杯」の意味は、「2人の永遠なる体験への乾杯」という意味だ、とぼくは感じていますし、この描くシーンがあってこその映画だと感じています。



一瞬見える闇夜に浮かぶ、ずらりアパート窓あかり

リョーハがラウラと再会し、タクシーでどこかへ向かいます。その時アパート群がちらりと見えるのです。

これは、何を今しているのでしょう?

100人には100人それぞれのドラマがある。この物語はスペシャルな誰かの話ではない。全ての皆の話なんだ、、、という意味だとぼくは解釈しました。

当たっているかどうかはわかりません。でも、さし挟まれたシーンやカットには無意味なものは一つもないはずなんです。全てのシーンをどう解釈するか?それが観る人それぞれの『コンパートメントNo.6』の完成に導くんだと思います。



結末ラストの言葉

あらすじで書きましたが、ラストはリョーハがラウラにあてて書いた「ハイスタ ヴィットウ」の文字を読むラウラの表情で終わります。そのシーンからぼくは暖かい色を感じました。

コンパートメントで「愛してる、って、フィンランド語でなんていうんだ?」とのリョーハの問いに、「ハイスタ ヴィットウ=くたばれ」と苦笑いを浮かべながら答えたラウラ。

それは、「みんなくたばれ、でも、その向こうには愛がある」という伏線だったように思います。



『コンパートメントNo.6』ぼくの評価は

ぼくは星五つです。大好きな映画になりました。

いい映画をありがとうございました。


『コンパートメントNo.6』読み解くキーワード=ペトログリフ

映画の主人公ラウラはモスクワの大学で考古学を学んでいるフィンランド人の学生です。彼女の専攻は「ペトログリフ」です。ペトログリフとはなんなのか?ちょっと解説します。

ペトログリフとは、文字をまだ持っていなかった古代の人々が岩に図形や動物、ヒトの姿を掘った、そうですね、象形サインのようなもので、歴史的遺物です。

遺物といっても建造物とかではありません。岩盤や洞窟、崖といった岩場に掘られたもので、世界中に存在します。

もちろん日本にもあります。北海道の余市にある「フゴッペ洞窟のペトログリフ」などが有名です。(詳しくは「文化遺産オンライン」に丁寧な記事がありますのでご参照ください。写真:文化遺産オンラインより転載)

太古の人が、記録、あるいは意思を伝えるために掘ったと思われますが、もちろんすべて解明されているわけではありません。

運営人も、過去2010年頃、韓国にペトログリフ=岩絵を踏査する旅に同行したことがあります。「こんなところにあるの?」と、びっくりした記憶があります。最も辺鄙なところにあるから、今に残されたわけです。

映画の中でのペトログリフは、ムルマンスクの海辺の岩に残されている岩絵を指していますが、どんなものかはぼくもわかりませんでした。ウィキペディアにロシアのペトログリフの画像がありましたので、転載しておきます。(注:これは、映画で主人公たちが見つけにゆくペトログリフではありません)





『コンパートメントNo.6』配信先

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