こんにちは!運営人の映画好き画家のタクです。今回は数々の映画祭で高い評価を受けた映画『ケイコ 目を澄ませて』をレビューします。
映画では先天性聴覚障害を持つ女性「ケイコ」と取り巻く人々の交流が、女子ボクシングを柱に描かれます。
「淡々としてつまらない」という声もあるようですが、ぼくなりのレビューをまとめてみました。
静かな展開の中に「ケイコ」から発せられる、どきりとする無言の「声」。 主人公がいっさい「言葉」を発しない映画は、どんなメッセージを発していたのでしょうか?
『ケイコ 目を澄ませて』はつまらないか?
ネット上では「つまらない」「淡々としすぎ」という声も聞かれます。
多分、ネット上に「つまらない」と書いた方は、映画によくある起承転結を期待していたのではないかと思います。
なんといっても主人公は「耳が聞こえない」という設定ですので、全体のトーンはスポーツ映画にあるようなノリはなく、極めて静かです。
ドラマチックな映画や成功物語のような、よくハリウッド映画に使われる展開を期待してみたら、「つまらない」と感じるかもしれません。
でも、映画の見方って、何通りもあると思いますし、脚本も物語のどんなところに焦点を当てるかで変わってきます。
ぼくはこの映画の静かな展開にあくび出ませんでしたし、逆に新鮮な映画を見せてもらったと感じました。
最近のドラマ系日本映画では、ハリウッド系スタイルとは異なった、いい意味で考えさせられる映画が多くなってきていると思います。
この映画もそんな昨今日本映画の御多分に洩れず、学びをもらえた映画でした。
『ケイコ 目を澄ませて』どんなストーリー?
では、あらすじを書いておきますね。
主人公の小河恵子(以下・ケイコ)は、生まれつき耳が聞こえない障害を持つ。
ケイコは、シティホテルで清掃の仕事をしながら、ボクシングジムに通う日々を送っている。
練習中、試合中ともにトレーナーの声が聞こえないという、ボクサーとしては大きなハンディを持ちながらも、日々のトレーニングを続ける彼女。
そんな彼女を、同居している弟や遠くに住む母、ジムのトレーナー達は、それぞれの距離で見守っている。
ジムの会長もまた彼女の良き理解者なのだが、持病が悪化、入院。
ジムの閉鎖が決定となり、会長やトレーナーたちはケイコを捨ておけず、他のジムに通えるよう奔走するが…
大まかですが、そんな物語です。
『ケイコ 目を澄ませて』がくれるもの、、、例えば、「見えていることで、つかみ損ねているもの。」「聞こえないゆえに、正直になれること。」など、観る人にさまざまな問いや答えをくれる一本だと思います。
『ケイコ 目を澄ませて』考察
ケイコには聞こえない「音」の表現がヨイ
日々の生活は、音にあふれています。
ただ座っているだけでも、コップを置く音、衣が擦れる音。それらが実はとてつもなく美しい音色だったんだ…ってことに気づかされる映画です。
映画の音って、録音の技術者が担当します。ただマイクで拾っているのではないようです。この映画の「音」は、まさしく録音を担当した制作スタッフ・川井祟満さんの独壇場です。第77回毎日映画コンクールでは録音賞も受賞しています。
『ケイコ 目を澄ませて』は「音が愛おしくなる」「目で音を見る映画」といってもいいかもしれません。音にするどくなる自分が楽しめました。
『ケイコ目を澄ませて』のイチオシセリフはこれだ!
三浦友和演ずるジムオーナーが、ケイコに話しかけるセリフで、ドキッとしたセリフがありました。
「ボクシングは、戦う気持ちがなきゃ、、、できない。
…戦う気持ちがなくなったら、相手にも失礼だ。
あぶないからな。」
ボクシングのみならず、人がなすべきことに向けてのメッセージだなあ、と感じました。
仕事する時、心に刻みたいセリフです。
迫ってくるケイコの愚直さ
耳が聞こえ、「音葉」を発することができる健常者は、いいのか悪いのか、周りに気を使い、空気を読みます。
一方、ケイコは、愚直なまでに正直に、ストレート一本でせめていく。
ケイコの生き方を見ていると、健常者の気配りの方が、当たらないジャブを繰り出しているように思えてなりませんでした。
弟と彼女は音楽をやっています。
けれどもケイコには、音楽はもちろん聞こえない。
彼女から手話で話しかけられる。ケイコの笑顔。それ以上に、弟のさりげなさが胸に迫る。
『ケイコ目を澄ませて』にこめられた「守破離」メッセ
全編通して、ところどころに差し込まれる印象的なシーンがありました。
それはこんなシーンです。
ジムのトレーナーのパンチを出す仕草、身体をスイングさせる仕草を恵子が真似る。
弟の彼女がストリートダンスをすると、ケイコが真似し始める。
ケイコの仕事場では、彼女には一人の後輩がいます。
ベッドメイクの仕方がヘタな後輩に、恵子が無言で、「やってみせる」。後輩は目で見て、同じように「真似る」のです。
それらの表現が観客へ投げかけたメッセージは、「師のなすことを、丁寧におのれの目で見て、なぞることの大切さ」だったようにぼくには思え、同時に脳裏には「守破離」という言葉が駆け巡っていました。
動物の世界でも、子は親のやることを見て、真似て成長していきます。
人間とて同じです。
ぼくは、『目を澄ませて見る』ことが、どれほど大切で、かつ、崇高なことなのか。また、真似るとは『目を澄ませる』ことだというメッセージに気付きました。
同時に、耳が聞こえることで、見ているつもりで見ていないことがいかに多いか、も、気付かされました。
『ケイコ 目を澄ませて』ラスト感想~ネタバレあり!
ここからはラストへのぼくの感想ですので、ネタバレになります。なので『ケイコ 目を澄ませて』を見たい方はご自身の判断でお願いします。
+ + +
ひとこと、「前を向いてまだまだ戦える!」と、思わせてくれるラストです。
映画のエンディングちかくに3つのシーンが描かれます。
⚫︎ひとつ目
恵子の最後の試合を、病院の廊下でテレビ越しに見届けたジムオーナー。
彼は恵子の試合から、大事な何かを受け取ったのでしょう。車椅子を漕ぎ出す背中からは、力強さが放たれています。
⚫︎ふたつ目
ジムオーナーの妻とトレーナーたちが長年使ったジムの片付けをします。今日でジムともお別れの日ですね。しかし彼らの表情は、決して暗くない。逆に明るい。
⚫︎みっつ目
黄昏色の中、最後の試合で戦い負けた相手のボクサーと偶然出会う恵子。
恵子は、吹っ切れたように走り出します。
それぞれが皆、方向は違えど、前を向いているのです。そして、皆、戦う気持ちを取り戻したと感じました
ぼくは『ケイコ 目を澄ませて』を観終わった後、登場人物たちの未来を祝福する気持ちに満たされていました。
『ケイコ 目を澄ませて』ぼくの評価は?
ちなみにぼくは、『ケイコ 目を澄ませて』を、な〜んの前情報もなく、観ました。数々の受賞も知らず、どんな役者さんなのかも知らず、、、ほぼ、一見さん的出会いです。「こんな映画、やってるのか、観てみるか…」
結論からいいます。大好きな映画の一本になりました。
観終わった後で公式サイトを拝見(逆だよね)。なんと受賞歴の多いこと!
受賞と映画の好みは別物だと思っていますけど、日本の映画賞のみならず、海外の映画賞でも高評価を得ています。
ということは、映画の脚本、監督の演出力、役者の演技力、撮影の技、トータルで国境越えしているんだと思います。
中でも、撮影カメラマンと、照明技術者、録音技術者のウデが光りまくっています。(監督は言わずもがなです)
撮影は月永雄太。照明が藤井勇。録音担当は川井祟満。彼らのていねいな映像と音が、この作品をとっても素晴らしい作品に押し上げています。
『ケイコ 目を澄ませて』スタッフ・キャスト
▪️監督/三宅唱 脚本/酒井雅秋・三宅唱 撮影/月永雄太 照明/藤井勇 録音/川井祟満
▪️原案/小笠原恵子「負けないで!」
▪️キャスト/岸井 ゆきの 三浦友和 仙道敦子 松浦慎一郎 三浦誠己 佐藤緋美 中島ひろ子 他
『ケイコ 目を澄ませて』配信はされてるの?
アマゾンPrime Videoで配信中です(2023年6月時点)
『ケイコ 目を澄ませて』映画祭等ではどうだった?
受賞歴、多々です。以下参考までに掲載しておきます。
第77回毎日映画コンクール:日本映画大賞・女優主演賞・監督賞・撮影賞・録音賞
第96回キネマ旬報ベストテン:日本映画作品賞・主演女優賞・助演男優賞・読者選出日本映画監督賞
第46回・日本アカデミー賞:最優秀主演女優賞
第36回高崎映画祭:最優秀作品賞・最優秀俳優賞
第32回日本映画批評家大賞:監督賞
コメント
「ケイコ 目を澄ませて」が気に入られたのなら、是非同じ三宅唱監督の「夜明けのすべて」もご覧になってみて下さい。こちらも素晴らしいです。
三宅監督情報をありがとうございます。『夜明けのすべて』もぜひみてみようと思います。
付記。この作品で岸井ゆきのさんの弟役をされた佐藤緋美さんは浅野忠信さんとCHARAさんの息子さんですね。中川駿監督「少女は卒業しない」まつむらしんご監督「あつい胸さわぎ」でも素晴らしい演技をされていました。どちらの作品も面白いので是非お勧めです。
(あつい胸さわぎには三浦誠己さんも出ていて好演されています)
『少女は卒業しない』と『あつい胸騒ぎ』ですね。日本映画はドラマがいっときよりいい映画が増えてきたように思います。作り手の世代が変わったのでしょうか…。
たびたびの投稿失礼します。ここ3年ほどで日本映画の若手(20~30代)の監督で面白かったのは下記の12人でした。
加藤拓也(わたしたちは大人、ほつれる)二宮隆太郎(逃げきれた夢)石橋夕帆(朝がくるとむなしくなる)
木村聡志(違う惑星の変な恋人)戸田彬弘(市子)工藤将亮(遠いところ)金子由利奈(ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい)左近圭太郎(わたしの見ている世界が全て)竹林亮(MONDAYS/このタイムループ、上司に気づかせないと終わらない)森井勇佑(こちらあみ子)阪元裕吾(ベイビーわるきゅーれ)大橋隆行(とおいらいめい)
日本のインデペンデント系の映画はどんどん才能のある面白い人が出てきています。
配信にも来ていないのがあるので、劇場で見逃さないようにしなければなりませんけど。
くさかつとむさん、日本映画はこれからが楽しみですね。またいろんな情報をぜひ教えてください。ありがようございます。