『ザリガニの鳴くところ』評価レビュー|ネタバレあらすじ・考察・感想から犯人は誰?まで

スリラー・SF・アクション

『ザリガニの鳴くところ』は原作つきのミステリー映画です。(原作著者はディーリア・オーエンズ)(2022年公開・アメリカ映画)

タイトルからして「なんだこれは?」と、なりませんか?

ぼくは深すぎるタイトルに、正直、一歩二歩、ヒキました。

ですが、予告編を見るとスリラーっぽくもあるんですが、なんだかそれだけでは終わらない感じがぷんぷん。で、観てみました。



監督はオリビア・ニューマンといいます。短編で才能を開花させた俊英とのこと。

主役カイアを演じたのはデイジー・エドガー=ジョーンズ。カイアが心を開く男性テイト役をテイラー・ジョン・スミス。チェイス役をハリス・ディキンソン。老弁護士役としてデビッド・ストラザーンが脇を固めています。

法廷モノの面もあります。ボーイミーツガールのほろ苦さもあります。観客に謎解きを仕掛けながら、家族関係の陰、男女の愛情、自然の神性までも問いかける、多分見る人によって見え方がガラッと変わる、そんな映画だと思います。

昨今、映画には「こんな視点の映画、観たことない!」という、目を開かせてくれる斬新作品がポンポンありますが、『ザリガニの鳴くところ』もそんな一本だと思います。


『ザリガニの鳴くところ』解説

どんな映画なのか?解説は映画.comさんから転載します。

ノースカロライナ州の湿地帯で、将来有望な金持ちの青年が変死体となって発見された。犯人として疑われたのは、「ザリガニが鳴く」と言われる湿地帯で育った無垢な少女カイア。彼女は6歳の時に両親に捨てられて以来、学校へも通わずに湿地の自然から生きる術を学び、たった1人で生き抜いてきた。そんなカイアの世界に迷い込んだ心優しい青年との出会いが、彼女の運命を大きく変えることになる。カイアは法廷で、自身の半生について語り始める。

リース・ウィザースプーンが製作を手がけ、ドラマ「ふつうの人々」で注目を集めたデイジー・エドガー=ジョーンズが主演を務めた。音楽は「ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日」でアカデミー作曲賞を受賞したマイケル・ダナ。テイラー・スウィフトが本作のためのオリジナルソングを書き下ろしたことでも話題を集めた。




『ザリガニの鳴くところ』予告編




『ザリガニの鳴くところ』あらすじ〜ネタバレあり閲覧注意

ノースカロライナ州の湿地で男の死体が発見された。検察は湿地に一人暮らす若い女性カイアを容疑者として拘束する。

弁護に立ったのは、小さなまちで弁護士を営んでいた老弁護士。カイアを少女時代から知っていたのだ。

ドラマはカイアの生い立ちと法廷を行き来しながら前に進む。

 

6歳で家族に見捨てられたカイアは、村の人々に「湿地の少女」と蔑まれるが、彼女は、湿地の自然と共生する生き物を愛し、絵に描き、森羅万象から様々な学びを得る。

たったひとりで生きる術を大自然の湿地から学んでゆく少女カイアが心を許した人間は、3人。

雑貨屋の夫婦と、湿地に遊びにやってくる少年テイトだ。

雑貨屋の店主はカイアの成長と生活を陰ながら見守り、彼女がやってくるたびに、社会の中で生きる術をそれとなく教える。

若者になったテイトは、自然を慈しむカイアの姿に共鳴し、テイトはカイアに読み書きを教え、互いに恋心を抱く。

しかしテイトは大学へ進むため、町を出なければならなくなる。

出発の日、カイアに描いた絵を出版社へ送るよう伝え、いくつかの版元のメモを渡し、一年後に必ず帰ってくると伝え、カイアの元を去る。しかし、一年後、テイトは戻ってくることはなかった。

再び一人に置かれ、失意のカイア。

+ + +

あるとき、村の裕福な家の青年チェイスがカイアにデートを申し込む。

しかしチェイスがカイアに近づいたのは、息苦しい家から逃れるための遊びに過ぎなかった。

力づくでカイアをねじ伏せるチェイス。

そんな時、町から去っていたテイトが突然湿地にカイアを訪れ、今まで連絡できなかったことを詫びるがカイアは受け入れない。

チェイスはさらに力でカイアを服従させようとするが、、、




『ザリガニの鳴くところ』あらすじネタバレ〜映画見る方は閲覧禁止!

カイアの描いていた自然観察はとある出版社の目にとまる。

編集者との会合が近所の街のホテルで決まり、カイアはその街へバスで出向く。

チェイスの死亡推定時刻は、カイアがその街へ滞在している時間帯だった。

しかし検察はバス移動で殺害現場に戻ることはギリギリ可能だとの論を張る。

老弁護士は、検察のいうカイアの移動時間は机上のものであり、ナンセンスであること、陪審員皆が、過去カイアに対して「湿地の子」と蔑んでいた事実を突き、公平な審理を求める。

+ + +

結果、カイアは「無罪」を「勝ち取る。

+ + +

その後、カイアは湿地の家でテイトと余生を送る。

老いたカイアは、沼で母親の影にいざなわれるようにボートで息を引きとる。

悲しみに暮れるテイト。

ある晩、テイトは書棚に一冊のスケッチブックを見つけ、ページを開く。

するとそのスケッチブックにはチェイスを描いた肖像スケッチと、所持品で殺害後に行方不明になっていた「貝のペンダント」が忍ばされていた。

テイトはその貝を水辺へと持っていき、自然へと還し、物語は終わる。


『ザリガニの鳴くところ』考察感想

ザリガニの鳴くところはどこにある?

「ザリガニの鳴くところまで逃げなさい。」

このセリフが意味しているものはなんだろう?

1.ザリガニが鳴くところは、「誰も知りえない場所」という考え方。誰も知りえない場所とは「自分の内側」のこと。翻って「内に閉じこもれ=黙して己を守れ」…ということかな?

 

2.ザリガニが鳴くところは、母親と子供たちだけが知っている場所という考え方。

湿地帯の中にある、とある場所だ…とすると、実際にある安全地帯かもしれない。

ラストでカイアが母のイメージと再会する場所なのかな?

 

ぼくは、ザリガニの鳴くところとは、この2つしか考えつきませんでした。

どっちかにしろよという声が聞こえそうです。

はい、ではぼくの答えは、、、

カイアは法廷では終始黙ったままです。なので、「黙して己を守れ」の「1」がぼくのたどり着いた「ザリガニの鳴くところ」のアンサー。(もちろん、はずれているかもしれません)



映画のパワフルメッセージ〜自然には善も悪もない

カイアは特殊な生い立ちから、おのずと自然と常に向き合い、対話し、描く幼年期〜少女期を過ごしてきました。

その日々から彼女は当たり前のことを自然に知ってしまいます。

それは「自然には善も悪もない」という真理。

宗教家のようなセリフにどきっとすると同時に、深く納得できた自分に「嬉しかった」ぼくでした。



「DOG」と「GOD」の意味は?

カイアがはじめて小学校に登校したときに、カイアは先生から「犬はどう書くの?」と質問され、カイアが黒板に書くのが「GOD」です。

そう、DOGをお尻から書くとGOD。

カイヤにとってのGODは、いわゆるイエスキリストではなく、森羅万象という意味だとぼくは感じました。

そう感じたからこそ、のちに出てくるカイアの「自然には善も悪もない」という言葉に納得するのです。

映画に感じた「家族間連鎖」

この映画の裏側にぼくは、あるキーワードを感じました。

それは心理学用語の「家族間連鎖」です。

 

実は映画を見る前日、こんな出来事がありました。

 

友人女性が我が家に遊びにきて泊まって行きました。

彼女は心理学を学んでいたのですが、雑談の中で心理学用語の「家族間連鎖」を教えてもらいました。

「家族間連鎖」って、簡単に言うと子供が親の悪いクセを引き継ぐことです。

例えば、こんな感じです。

父親に暴力を振るわれる母親を見て育った子供が、異性からの愛情を受け止めることができなくなったり、アル中の親を見るのが嫌だった子供が、逆に厳格すぎる親となり子に精神的負担を与えたり。

よく「親の反面教師」とか「うまくいってない両親がトラウマになって…」なんて聞きますけど、それを心理学では「家族間連鎖」とネーミングされていると彼女から教えてもらいました。

(もしかすると専門的には違っているかもしれませんが、その場合彼女に罪はなく、ぼくの理解不足です)

その翌日観た映画が偶然にも『ザリガニの鳴くところ』。

フタを開けたら、映画はまさに主人公の少女が暴力的父から受けた体験を影のように引きずる「家族間連鎖」のストーリーだったのです。

 

観終わってしばらく言葉を失いました。

友人から家族間連鎖の話を聞いた翌日の出来事が、家族間連鎖をテーマにした映画との出会いだったのですから。



誰がチェイスを殺したのか?

ぼくは観終わってその謎解きがすぐできたわけではありませんし、いまだに確信はもてません。

弁護側に立っていたのは、もちろんカイアの味方だったテイトや店主夫妻です。

テイトが犯人かな?と思っていたのですが、裁判で無罪の判決を受けた瞬間、テイトに笑顔はないんですよね。そのカットから、ぼくの頭に中では「テイトは直接の犯人ではないのでは?」という言葉が

もしかすると味方の彼ら全員が、チェイス殺害に関してなんらかの役割を「知らぬ間に」負わされていたのではないか?

と、これがぼくの推測です。

うーん、大いに外れてそうです…。

 

でも、この映画は人それぞれが自身の答えを探せば良いようにも思うのです。

だって、この映画は謎解き法廷スリラーという見せかけを持った、大自然のことわりと調和した美しいファンタジーでもあるのですから。



主役女優デイジー・エドガー=ジョーンズの魅力

ちょっとキャストの魅力を書いておきたいと思います。

主役のデイジー・エドガー=ジョーンズを初めて知りましたが、セリフが少ない中でさまざまな表情を「チラッ」としかし見事に見せる女優さんでした。

最初は決して美人に見えないのですが、(いや、美人ですよ!)テイトに恋するあたりから表情がくるくる変わるんですよね。

ナチュラルな印象から、冷たい水の淵をのぞいたような表情まで、実に魅せてくれます。

デイジー・エドガー=ジョーンズさん、お気に入りの女優の一人になりました。

そうそう、老弁護士役のデビッド・ストラザーンもめちゃくちゃかっこいいです。

あんなふうな老人になりたいものだなあ。


『ザリガニの鳴くところ』ぼくの評価は?

ぼくは『ザリガニの鳴くところ』をほぼ前情報なしで観ましたが、最後まで一気見でした。

カメラが捉える自然の美しさから、法廷ドラマとしての筋立ての妙。

そして、壊れてしまった家族から再生していく女性の力強い生命の物語でもあり、さらには暖かいファンタジーとしても成立している….。

さらにはあちこちに大自然への畏怖メッセージが隠されていました。

ぼくは観終わり数日間『ザリガニの鳴くところ』が頭から離れませんでした。

なので、ぼくの評価は星四つ半です。いい映画をありがとうございました。









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